サントリーホールディングス 合格ES 10

Q. 今までの人生における『挑戦』または『創造』の経験について
~サントリーは「やってみなはれ」精神で、様々なことに挑戦し、新しい価値を創造してきました。チャレンジ精神あふれる皆さんのエントリーシートを楽しみにしています~(自由記述)

中学

私は中学生の時から今まで、アメリカンフットボールで日本一になるために挑戦し続けています。

中学生の時、体は大きくありませんでしたが、チームメイトに信頼され、必要とされるために、妥協なく取り組んだ結果、攻守すべてで試合に出ることができました。また、多くの方の支えがあったことで関西の中学校の中で一番になることができました。

高校

高校生の時には小さな体では勝てないため、体を大きくし、日本一を目指しました。

下級生時代、試合に出られなくてもチームのためにできることに取り組み、1,2年生の時に日本一になることができました。

3年間毎晩筋トレを欠かさず、食事にこだわった結果、3年時には入学当初より40kg増やすことができました。また、夏にはアメリカのペンシルベニア州代表と戦う機会をもらい、アメフトの本場で戦うことができました。彼らの大きさに圧倒されましたが、最後まで粘り強く戦い、あと少しというところまで追いつくことができました。

しかし、準々決勝のアクシデントでチームメイトの友人が亡くなってしまいました。毎日のように顔を合わせていた彼の死は、非常に大きな精神的ショックでした。私は当時の光景がよみがえり、慣れ親しんだグラウンドに立つことすら出来ない状態でした。

このまま私たちはフットボールを続けて良いのか、チームは日本一を目指して良いのか、とチームで繰り返しミーティングを行いました。彼は自身の体調が悪いにも関わらず、チームのこと、自分の責任を感じて無理をしたことが原因でなくなったため、私たちが歩みを止めてはいけないと感じ、覚悟を決め、もう一度日本一への道へと踏み出すことができました。決勝で敗れてしまいましたが、私は彼のポジションを背負ってフィールドに立つことができました。

この出来事があったからこそ、チームの絆は深まり、本音でものを言い合えるような関係を築き上げることができました。当時は最悪の出来事でしたが、あのときの覚悟が今ではどんな大きな壁も乗り越えられる私の原動力となっています。

大学

大学では新たな道をで日本一に挑戦しました。日本でトップといわれる●●大学体育会アメリカンフットボール部に所属し、付属中学のアメフト部のコーチをしました。中学アメフト部で中心となって活躍し、その後も多方面で活躍する人を育てることに注力しました。

しかし、私が指導を始めた当初は、人との関係を築く上で人としてのモラルが中学生には欠けており、練習に遅刻する、素行が悪い、など日本一になることを公言することがおこがましい状況でした。そこで、私は2つのアクションを起こしました。

第一に、日本一を目指す存在になるために「毎日チェックシート」という家事の手伝いや挨拶など、外として「当たり前」のことができているかを点数化し、確認することができるワークプリントを作りました。選手に配り、1人1人が初心に返って当たり前のレベルを上げることを促しました。

第二に、中学生が口だけにならないよう、どんな時も全員と向き合いチームを作ってきました。試合に出る出ないに関わらず、全員と話し、時間がかかっても「誰チームなん?」と根気強く問い続け、「自分にしかできないこと」を考えさせました。また、私自身も生徒に求めたことに対して責任を持ち、妥協を許さず行いました。

その結果、1人1人がチームの命運を握っているという当事者意識が生まれ、目標であった日本一の達成に大きく貢献しました。また、悩み苦しんでいる選手に寄り添い、中学生と共に答えを探したことで、大きな壁を越えるためには人との繋がりを大切にし、その上で1人1人が責任を持って取り組みことが大切であると学びました。

Q. サントリーのビジネス部門で具体的にやってみたい仕事とその理由を書いてください。

すでに登録済みなのでログインする