【22卒】合格エントリーシート 三井物産 チアリーダー

Q. 自分史(2000〜2500字程度)

小学校卒業まで

幼稚園入園前
長男として生まれ、その後3歳年下の妹が生まれる。

幼稚園
入園当初から友達作りには苦労せず、毎日のように屋外で遊ぶ活発な子供だった。また3年間毎日半袖半ズボンで登園し、心身共に健康であった。そして卒園と同時に父親の仕事でエストニア共和国に移住した。

小学校
2年次に東京の小学校に転入し、地元のサッカーチームに5年間所属した。また転入生であったが一貫して友達付き合いには苦労せず、高学年からはクラスでリーダーシップを発揮するようになり、クラスの中心人物であったと考える。

中学時代

入学後、学内で厳しい先生がいると評判であったバスケットボール部に所属し、週6回の練習を3年間こなした。自分はスタメンであったが、他のメンバーと比較して自分は初心者であり実力が劣っていたため、必死に練習に望んだ。

また3年次には合唱部に助っ人部員として入部した。私は小学校時代から歌うことが好きであり、学年では上手な方だと評価されていた。そこでバスケ部の活動の目処が立った際に、合唱部の顧問の先生に誘われ入部した。私はバスケットボール部と合唱部の両部活において都大会に出場したことが1番の成果であると考える。

またクラス内では3年間学級委員を務め、学年の委員長も経験した。そこでは学年行事のリードや企画運営を行ったことで、多くのメンバーから信頼を得たため、私はリーダーを務めることに自身を持てるようになった。

学業においては、学校の成績のほとんどの教科が最高の評価であり、学年でも成績が良い方であった。そこで都立の自校作成問題の難関校を受験したが、不合格となり唯一合格していた併願優遇の私立高校に入学した。この中学受験と高校受験の両方で失敗していたことが私の人生における1番の挫折経験である。

高校時代

私は高校時代に中学の合唱部の先生を指導者とする合唱団に入団した。理由は中学時代に合唱の魅力を知り、その先生の元でより真剣に向き合い上達したかったからだ。

私たちの合唱団は100人規模で、年代も社会人から高校生までと幅広く、様々なイベントに出演する中で1人でも多くの人を幸せにすることを目的に活動していた。そのために私たちは他の合唱団と差別化し、老若男女に理解してもらうことが必要と考えた。そこで伝統的な合唱曲のみならず、ポップ調で流行りの曲を合唱でアレンジする等の工夫を行った。

また私自身は自分の想いをより強く人々に伝えたいと思い、合唱団内でバンドを結成しオリジナルの曲作りに挑戦した。これらの活動から私たちは合唱を多くの人にとって身近なものにすることができ、その結果団員数も2年間で約1.5倍に増加させることができた。

学校生活においては、受験の成績優秀者で構成されるクラスに配属された。またその後も模試の成績上位者で構成される「特特進クラス」に3年間在籍続けることが出来た。そのクラスに在籍できたことで、以前までとは異なり勉強を前向きに捉えることができるようになった。具体的には担任が変わらなかったため一貫した指導を受けることができた点や、友達とも自然と切磋琢磨する環境ができたからだ。

高校2年の秋には祖母がきっかけとなり、●●塾の体験授業を受け、入学を決めた。その際多額の金額の契約書を見て、私は絶対に大学受験を成功させ親孝行をすることを決意した。その中で私は母子家庭であったため、母親にこれ以上金銭面の負担をかけたくないという思いから国公立大学に進学することを決めた。その中でも4年間の通いやすさや、学びを得る地としての適性を判断し、●●大学を志望校とし、現役合格することができた。

大学以降

大学合格後、私の受験の経験を活かしたいという思いから、●●塾でのアルバイトを行った。当初契約期間は1年間であったが、自ら志願して2年目も挑戦した。理由は2点あり、1点目は1年目に担当生徒の多くを志望校に合格させることができず、悔しい思いをしたからだ。

2点目は1人の先輩に憧れたからだ。具体的に私が1年目の際に2年目の先輩が保護者と面談を行い、契約をする姿を見て、私も先輩のようなビジネススキルを身につけたいと考えたからだ。実際に2年目では担当生徒を1人以外志望校に合格させることができた。また保護者との面談も経験させてもらい、相手との会話からニーズを掴み提案する力を養うことができた。

学内生活では、体育会の男子チアリーディング部に所属し、3年次には代表を務めた。そもそも私が体育会の男子チアリーディング部に入った理由は、先輩達が競技に真剣に向き合いながらも笑顔で楽しんでおり、その姿を見た自分自身が何よりも楽しんでいたからだ。そして自分も先輩達のように、自然と人を幸せにする人物になりたいと考えた。

男子チアリーディング部の練習は週4回あり、想像以上に難しかった。指導者が存在しないため自分たちで意見を出し合い正解を見つける必要があるからだ。しかし私はそこにやりがいも感じた。理由は全員がチーム関わる必要があったため、当事者意識を持つことができたからだ。

また私は1・2年次からチームの演技をより良くするため、積極的に発言したことで、リーダーとして認められ代表を務めた。3年次はコロナ禍での代表として難しさを感じたが、一貫してチアリーディングを通じて多くの人を幸せにしたいという思いを持ち、組織運営をした。そこで練習自粛期間もオンライン練習に挑戦し、部員のモチベーションや体力維持に努めた。

その中で部員全員に単独公演を開催するための役割を分担したことで、効率的に進めることができ、当事者意識を持たせることができた。結果として単独公演を開催し、多くの人を笑顔にする目標を達成して引退した。

最後に学業においてはゼミ活動に注力した。教諭はIMFから着任したばかりの先生で、私はグローバルで将来活躍したいと考えていたため志望した。実際に世界の様々な諸問題についてディスカッションを行い、政策立案を行うことで、世界的な視野を持って何事にも自分なりの意見を持つ能力を養うことができた。

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